- 写真をお願いしたら「すっぴんだけど、いいわね」と屈託なく笑って、ニッコリ。NHK「きょうの料理」や「あさイチ」で拝見しているまんま。裏表のない性格は料理にも出ていて、本田さんが作る料理は食べてほっとする味。ファンが多いはずですね。
お水も「おいしい」かどうかで判断。
重岡社長のお話は衝撃でした。
職業柄、本田さんの元には、数々のこだわりの水が届けられます。
「健康にいいとか、体にいいとかいう理由では、私はあまり心が動かないのです。食においては、おいしいかどうかで判断していて、月のしずくは、ズバリ、飲んでおいしかったんですね」
仕事仲間には飲み物が好きな人も多く、やってくる人には珈琲を淹れたときの反応で、そのあとに「月のしずく」を出すかどうかを決めるそうです。
「珈琲をお出しすると、ここの珈琲はおいしいね!と褒められます。すると必ず、豆は何?って聞かれるから、いろいろよと答えて、水かもねぇと言うと、今度は、どんな水?って聞かれます。わかる人には、次回から月のしずくを出しています(笑)」
料理雑誌の編集者やカメラマンには敏感な人が多く、「月のしずくをひとりで3本も飲む人もいます」と笑います。
「ゆの里」のご縁は、月に数回、大阪に行く仕事があり、そのことを知人に告げると「大阪に泊まらないで、ゆの里に行きなさいよ」と勧められたことから。師匠(小林カツ代さん)時代からお世話になった人で、その人が勧めるお水だからという信頼もあったそうです。
「でも、この前、重岡社長のお話を初めて聞いて驚きました。水はミネラルやカルシウムなど物質ではなく、水の構造が機能を決めるということ。それは料理研究家としても画期的なことでしたから」
小林カツ代さんの内弟子のころ、水にまつわることで印象に残っていることがあると言います。ある施設に頼まれて師匠と料理を作りに行ったとき。「利用者さんに全然人気がないんです」と職員から見せられた料理がありました。食べてみると、おいしくない。「なぜ、この料理を作ろうとしたのか」と尋ねるカツ代さん。見れば蓮根や豚肉、人参の形はすべてなく、やわらかくミックスされたものでした。
「その方は何て言っているの?」と重ねて尋ねるカツ代さんに、「水が飲みたいと言っています」という返事。
水より栄養のある食事を作ろうとした保健婦さんに「どうして飲みたい水を飲ませようとしないの?」とカツ代さんの声が強くなります。
今でこそゼリー状にとろみをつけるものが市販されていますが、30年前は皆無。そもそも、水をおいしく飲ませる発想がありませんでした。
生まれた一品は「水ゼリー」。口の中でほどよく溶ける固さにして、甘みはつけずに必要なら蜂蜜をかけて食べるというものでした。その後、雑誌でも紹介されましたが、「料理を作りに行って、水をメインに一品にする、その発想に驚きました。いつでも何が求められているのかを感じる人。そして、弱い人の立場に立てる人でしたね」
蛇口をひねれば水なんて、どこにでもあって見向きもされない時代です。ほかにもその当時、骨折で入院していたカツ代さんが、ラジオ番組の生放送で、「水が飲みたいのに、どこにも水が売っていないのよ」と訴え、「お水やお茶を売ってください」と病院から生出演したことがあったとか。その後、ミネラルウォーターが自動販売機から売られる時代に入ります。
師匠のスピリッツをいかに現代に落とし込んでいくか。 それが私の役目だと思います。
- 『一生食べたいカツ代流レシピ』(文春新書)1,000円(税別)。 料理本でありながら上質のエッセイを読むような、料理のコツを惜 しみなく披露して、きめ細やかな心くばり。シニア向けの料理のヒ ントがしみわたります。ホント、一生食べたいものばかりです!
小林カツ代さんがくも膜下出血で倒れられたのが2005年。その2年後に独立されたので、本田さんの独立はかなり遅いほう。
「いろいろお誘いはあったのですが、20歳から内弟子に入って、毎日が面白くて独立したいと思うヒマもなかったのですね。朝早くから台所の掃除をして、お子さんのお世話もします。厚かましく先生が家族のために作った料理をしっかり食べるのですが、その時にいろいろなことを教えてもらいました。
先生は手伝いなさいとは言わなくて、私はそばでじっと見ているんです。あなたもおじいちゃんやおばあちゃんがいるでしょ、だからこうしたほうが食べやすいのよと、作りながら先生が説明してくれる。ここで学んだことが大きかったですね」
小林カツ代さんの著書は共著も含めると膨大な数。その200冊近い本の制作を編集者と詰めるのも本田さんの仕事でした。何冊も同時進行で進む本づくりを任され、師匠のスピリットを活字に落としていく。いつしか本田さんは、そんな共同作業に魅せられます。
忙しい主婦の時短料理の鑑のようなメニュー「わが道を行くワンタン」や「ほうれん草は葉から茹でても大丈夫よ」など、料理の常識を軽々と飛び越えながら、味のブレは一切なし。カツ代さんのエッセンスが見事に活字化した料理本の影には、師匠の呼吸を感じ取るセンスと、寝食を共にした本田さんの存在があったからです。
「今の時代は昔と違って、醤油ひとつとっても迷います。野菜1パックの量もいろいろだし、これから料理をしようと思う人たちに今の時代に合った伝え方がいるのです。師匠のスピリッツを今の時代にどう落とし込むか。それが私の役目かもしれませんね」
高校生のとき、料理本のカツ代さんの文章に惚れ込んで、弟子入りした本田さん。そして、「面白いから続いたんですね」と言ってのける爽やかさは、やっぱり相当、カッコいい。「おいしい」と直感で感じていただいた「月のしずく」で、また本田さん、珈琲を淹れてください。