ゆの里TOP >> コラム「あなたの体は、あなたの「いのち」です。」

あなたの体は、あなたの「いのち」です。

「噛むこともすごく大事。噛むと耳も聞こえるようになるし、眼も見えるようになる。首の筋肉だって育つのです。そうすると足にも力が出てきます」と菊池先生。

『ゆの里通信』Vol.13
あの人に会いたい 〈「きくち体操」創始者 菊池 和子さん〉

ヒトは足で歩くのではなく、脳で歩いている。

 菊池先生が初めて「ゆの里」にいらっしゃったのは2年前。
「ゆの里」から車で40分くらい走ったところにある丹生都比売
神社にお連れすると「ああ、ここは前に来たことがあるような不思議な感覚がします」とおっしゃっていましたね。
 「そうですね、あの神社だけは帰ったあともずっと私の意識から消えなくて。高野山より大事なところに思えて、いま、思い出しても涙が出そう。いろいろな方にも、高野山に行く前に必ず寄ってねと言っています」
 NHKのカルチャーセンター等、東京・神奈川の直営教室を中心に、全国に生徒を抱える「きくち体操」の創始者・菊池和子さんは、半世紀以上も体操を通して、自分の体に向き合うことは、自分のいのちに向き合うことだと言い続けてこられました。
 現在は講演活動も多く、トレードマークの真っ赤なレオタード姿で壇上に立つ姿は、84歳とは思えぬエネルギー。その言葉の力強さに圧倒されます。
 「お水もあれ以来「月のしずく」しか飲みません。今回のことでストレスになったのか、全身に赤い発疹ができて、肌がボロボロになりお化粧もできなくなりました。そのとき「神秘の水」を絶えずシュッシュッと吹きかけ続けて、どれだけ助かったことか。とくに頭に吹きかけると、頭蓋骨までちゃんと届くようで、細胞がまるで生きかえるようにすっきりしますね」
 入院されたご主人の看病は、想像以上に先生の体には負荷がかかったはず。教室で元気に指導をされていたとはいえ、84歳の体と心には今回の出来事は大きなストレスだったに違いないと思いました。
 「風邪をひいて2週間ほど休みました。シニアマンション内にある診療所に初めて行ったのだけれど、それまで歯科の定期健診くらいでしか健康保険証を使っていなかったものだから、ものすごく驚かれましたね(ちなみに、先生の歯はすべて自前です!)。風邪薬を1週間分もらって、とにかく寝なさいと言われて。ふだんから薬は飲まないから、よく効いて4日間眠り続けました。どうにか平熱になって頭も軽いし、そろそろ起きてみようかと思ったら……」
 おもむろにベッドから起き上がって立ってみると、いつもと感覚が違います。
「あれ? 足の裏が床にぴったりくっついていない」
 「きくち体操」の基本である足首回しや、足の裏の体操をしっかりして「これくらいしたから大丈夫」と、また菊池先生は立ってみたそうです。
 「でも、おかしいの。ふだんなら、このくらい動かすとちゃんと脳とつながってはっきり床の感覚を感じるのに、それがないの」
 そんな馬鹿なと思いながらも、台所まで歩いてみようと一歩踏み出したまさにそのとき。
 「暗がりの脳の中で、まるでスススッと赤い血液が流れるみたいな地図が見えてきて、夜が明けるようにスッキリしてきました。そうか! 歩いてみたほうがいいんだって思って、今度は玄関まで歩き始めると、また細い血液の枝が細部まで伸びていってどんどんはっきりつながってくる。ああ、そうなんだ。人間は立つだけじゃダメなんだ。歩くということはこういうことだったのだと、本当にはっきりとわかりましたね」
 脳のすみずみに血液が流れはじめて明るくなった風景を、先生は「太陽の光のよう」と表現します。
 長い間、寝ていた人が歩けなくなるのは、足が弱ったからだと聞いていたけれど足じゃなかったんだ。
 「脳が寝ている間に弱っていって、歩くことを忘れたのですね。人は足で歩いていたと思うけれど、いいえ、脳で歩いていたのです」

50数年の間に数々の「健康法」が流行って消えた。

神々しくもある菊池先生のレッスン風景。体を知り尽くした人の眼差しです。

 2025年、団塊の世代がすべて75歳以上になる超高齢者社会になると、3人に1人が65歳以上、5人に1人が75歳以上とも言われています。
 なかなか死ねない現実を迎えて、理想の死に方を聞かれると、寝たきりにならずに「コロッと死にたい」と大半の方が答えるいま。この言葉を初めて使ったのが、実は菊池先生だということをご存じでしたか?
 先生が大学を卒業して体操の指導をされていたころ、場所は神奈川県の予防医学協会で行われた記者会見場。もう40年以上も前の話です。
 体操は若くて健康な人がするもの。病気の予防のためにする概念がない時代に、日本で初めて病気予防のための体操を指導することを発表する記者会見の席上で、菊池先生が多くの取材陣の記者の前でいきなり答えさせられた場面でした。
 威圧的な男性記者を前に、「体操は健康のためにやるのかね?」と問いかけられた先生は、
健康のためというのはピンとこず、「ちょっと違います」と答えます。「それなら、何だね?」と矢継ぎ早の質問に「コロッと死ねる体操です。コロッと死ねることが、私がいちばん目指していることなんです」。
 会場にいた記者たちは、聞きなれないことばに爆笑します。そこに居た誰もが、寝たきりや認知症のお年寄りの激増を想像さえできなかった時代です。でも、菊池先生にはわかっていました。そのうちコロッと死ねない人たちが出てくることを。
 「コロッと死ぬということは、その間際まで、体のすべてがきちんと生きていて、ちゃんと働けているという意味です」
 「きくち体操」には、当時まだ名前がついていませんでした。
 菊池先生の半世紀にのぼる指導の中で、思えば、多くの健康法が菊池先生の横を通り過ぎていきました。
 「あの時代、アメリカからいろいろなものが入りましたからね。商魂たくましく、必ず道具もセットで流行るのですが、早いものでは2〜3か月で消えてなくなっていくものもありました。
 あるとき、みんながいっせいに走り始めました。マラソンが健康にいいといって、そこらじゅうを走る人たちが出てきて、私が住んでいた横浜の野球場でも、朝早くから走っている人を多く見かけましたね。
 平成に入ってもその動きは続きました。でもね、私は生徒さんには言っていました。人間は別に走らなくてもいいのよって。ちゃんと歩いてさえいれば、体は走らなくても生きられるようになっているから、無理に走らないでって」
 そうこうしているうちに、マラソンを提唱したアメリカ人が突然心臓病で路上に倒れるニュースが入ります。今度は日本中が「走るのはよくない」と叫び初め、「歩く」ことに流れが変わっていったのです。
 「歩くことは保健所が先頭を切って推進していきました。万歩計も貸し出してね。そして、あなたは女の人で何歳だから
何千歩と数字を全部割り出していく。みんな壁に貼った紙を見ながら計算していったんです。当時は主人まで万歩計を付けて歩くようになって、会社にも行っていましたよ。それを見ながら、そんな物つけないで、今日はこのくらい歩いてちょうどいいとか、自分の体の感覚で歩いたほうがいいわよって。調子が悪い日でも、まだ、何千歩足りないと思って歩いたら、あなた死ぬわよって」
 人は歩数を決めて、歩くために、歩くのではない。
 「1日何万歩くと決めて目的のために歩く脳と、日常の生活の中で意識し、必要として歩く脳では、脳の働きがまったく違うのです。歩数を計算してただ歩くのではダメなんですね。
 夜ずっとテレビを見ていて、何時になったからとやおらゴソゴソと音をたてながら夜道を歩く人がいますが、体をよくする歩きとは、たとえば、いつもはバスを使うところを目的地まで歩いて行く。駅の階段を歩いて上がる。買い物は自転車じゃなくて、今日は歩くと決めるとか、そんな日常の生活の中で足を使うことなんです」
 3000歩まで歩くという脳では3000歩が限界。「そこで脳は終わってしまう」と菊池先生は言い切ります。
 とくに駅はお金がかからないすばらしいトレーニング場。菊池先生が利用する東京都の大江戸線の地下鉄は、まるで深い穴の中からモグラが這い上がるようで、階段の運動量も相当です。「きくち体操」の生徒さんにとって、階段に遭遇したら「ラッキー!」なのです。
 「階段を上ると体調が分かるし、昨日のあの動かし方がよかったんだなと、自分の体に聞きながら脳が働いている感じがつかめます。こうやって脳とつながっていく感じが大事なのですよ」

人と比べない。鍛えない。うまくやらなくていい。

 菊池先生の話を伺っていると、隣の教室からインストラクターの方の掛け声が聞こえてきました。
 足首回しの体操かな? 「い〜ち」「に〜」「さ〜ん」とそれはゆっくり、ゆっくりていねいに声が響いている。
 「きくち体操」をおこなう前の心構えとして、人と比べない、鍛えない、うまくやらなくていいという〝作法〟があります。「きくち体操」は、今の自分の体の状態を知り、今より、よりよくしていくために体を動かす体操だから、あくまでも自分が中心。そして、どの動きも意識が重要な働きをします。動かしている部分と、そこに対応する脳の部分をつなげるようなイメージで、ゆっくりていねいに体を動かします。
 「音楽を聴きながら、テレビを見ながらの〝ながら運動〟では集中できません。いかに自分の体に集中できるかが、よくしていけるカギになりますから。
 テレビに出演したりすると、必ずゲストの方から先生、何回したらいいですか? って尋ねられるのですが、使えている筋肉を感じとりながらするんですから、何回なんて決められない。その人の手足と脳がつながっているから、みんな違うの。たとえ完成した姿ではなくても、本人が納得して膝も伸ばせて、体もしっかり曲がっているのならそれでOK。比べられるものではないのです」
 指導を通して、先生にはその人なりのベストが絶えず見えていて、その人がよくして行こうという思いをあたたかく見守っていきます。
 「もし、ほかの体操の先生が教室に来てうちの生徒さんたちを見たら、音楽もないし激しい動きもないので、何やっているのかしら? と思うかもしれませんね」と笑います。
 うわべの形なんかにとらわれない。「きくち体操」の本質がそこにあります。
 「その人の中でちゃんと使えていれば、ちゃんとよくなっていくの。それがわかると、自分の中に何かが起こった時に、自分の体を守れるんです」

自分で病気にしないということはどういうことか。いま、真剣に考えてほしいのです。

 脳腫瘍になり、足の指が動かなくなった。たとえ動くようになっても100人に2人の確率ですと、医師から告げられたある生徒さんは、「それなら、その2人になります」と宣言し、いまも、元気に教室に通っています。またある男性は、糖尿病で「いつ足が壊疽を起こして切断されるか、いつ失明するかというレベルです」と診断。お酒が大好きで、教室のあとの一杯が楽しみで通っていた方でしたが、覚悟を決めて病院も薬も止めて「きくち体操」一本に賭けてみた。いまは正常値にもどり、元気になって同じように通っています。
 「菊池先生ありがとう! って言われるけれど、私じゃないの。ぜ〜んぶ、本人次第なんですね。誰かに頼っていたらダメなんです」
 そして、先生は話を続けます。
 「糖尿になりました、脳梗塞になりましたってみんな言うけれど、なったんじゃないの、自分でしたんでしょと言いたい。自分が病気にしないということはどういうことかということを、もっと深く考えてほしい。そんな教育も必要です」
 体育の教師として長年、子どもたちに接してきた人は、教育の現場でこそ「自分の体は自分のいのちそのもの」ということを学んでほしいと思っています。
 「この年になって、私は、私の中で毎日終わり始めているのを感じています。人は必ず、死にますからね。今、細胞が働いていて、自分が生かされているのだけれど、この先も、病気にならずに健康のまま自分でちゃんと閉じていきたいと思っています。「ゆの里」のお水もいただいているのですが、このお水が病気を治すお水としてだけではなくて、飲むことでちゃんと生きられる、自分の足で立っていられることに役立つお水であってほしいと思うのです」
 たった一度だけしか「ゆの里」に来ていただいたことがないのに、菊池先生の言葉は、まさに私たちが常日頃、そうありたいと思っていることを代弁してくれている。
 「できれば自分のエネルギーを上げるお水、生き方を変えるお水ですよって、みなさんに紹介したいですね。そして「ゆの里」に行った方が、ほんとうにそうだったねって受け止めて、またすぐ行きたくなるような場所になるといいですね」
 気づいたら菊池先生とのおしゃべりは3時間もたっていました。
 「ああ、こうして話していたら、また、「ゆの里」に行きたくなりました。そして、あの丹生都比売神社にも」
 菊池先生、〝いのちとつながるお水です〟とは、「月のしずく」を表現するときに私たちが使うキャッチコピーですが、いのちとは、自分の中から湧き上がってくるものですよね。
 私たちも、お水を通して「きくち体操」とつながりたい。みなさんに早く紹介したいです。

菊池 和子(きくち かずこ)

1934年生まれ。日本女子体育短期大学卒業。体育教師を経て「きくち体操」を創始。川崎本部のほか、東京、神奈川など教室、カルチャースクールなどで指導を行う。体操とこころ、脳とのつながりに着目した“いのちの体操”は、性別・年齢を問わず多くの支持を得ている。日本ペンクラブ会員。『奇跡のきくち体操』『体が変わる!「きくち体操」』『老いの作法』等、著者多数。