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【11】F1目指して「ゆの里」のお水のパワーでがんばっています。

レーシングスーツの胸には「ゆの里」の文字

レーシングドライバーの白石勇樹さんをご紹介します。白石さんは、14歳の時、F1レースを観戦し衝撃を受け、F1ドライバーになることを決意。高校の三年間で自ら資金を貯め、鈴鹿レーシングスクールに入校。60人中、卒業できるのは四人という難関を突破し2009年レースデビュー。その後、数々のレースで好成績を収めながらF1レーサーを目指して活躍中で、今年2月19日の日経新聞でも、そのレースへの取り組みが紹介されました。
 「ゆの里」は、地元橋本市出身の白石さんをデビュー当初からスポンサーとしてサポートしています。一時期は「お水の宿 このの」で働いたこともあるという白石さんにレースや「ゆの里」とのご縁についてお聞きしました。

●モータースポーツの世界に入ったきっかけは?

 もともと二輪好きな両親の影響で、六歳頃に河川敷で初めて50㏄のモトクロスバイクに乗ってみたのがきっかけです。その時に、結構速く走れたので親も僕もその気になって、プロのモトクロスライダーを目標に決めて、七歳からレース活動を始めました。
 それが2003年、中学2年生の時にF1日本グランプリを家族で見に行った時に、その音もスピードも臭いも観客数も、それまで一番だと思っていたモトクロスをすべて上回っていたんです。それに大きな衝撃を受け、自分もF1ドライバーになろうと決意しました。でも、それまで一緒にモトクロスのプロを目指してレース活動を一生懸命支えてくれていた両親の手前、なかなか言い出せませんでしたが、ようやく半年経ってからバイクをやめて四輪に転向させて欲しいと頼みました。やはり最初は反対されましたが、必死の説得の結果、両親の援助は一切受けないことを条件に許してもらいました。そこで四輪の経験が全くない僕は、鈴鹿のレーシングスクールに入ることを決心し、定時制と通信制高校での三年間、アルバイトを三つ掛け持ちしながら、受講費用の500万円を貯めました。親からは絶対に無理だと言われていたのでその反抗心も逆に力になったし、F1レーサーになるという目的があるので、まったく苦にはならなかったです。

●「ゆの里」との出会いについてお聞かせください

子役タレントの活動経験もある甘いマスクの白石さん

 スクール卒業後、2009年にレースデビューをするんですが、同時にスポンサー捜しも始めました。スーツ着て企画書持って、全部自分一人で営業活動をやりました。そんな中、「ゆの里」さんで重岡専務が話を聞いてくださって、社長にも話を通してしていただき、お水と金銭的なサポートをしてもらえることになりました。それには条件が一つあって「お水の宿 このの」が忙しい時間帯に手伝いに来るということで、お客さんに料理を出したり宿直したりと週に4回程度、約一年間続けました。その後、海外でのレースに出るようになってからは、それができなくなりましたが、サポートは今もずっと続けてもらっています。
 何の実績もない18歳の少年がいきなりやって来て、でっかい夢を語るのを聞いてくれ、それに賛同してくださった重岡社長と専務には本当に感謝しています。今まで色んなスポンサーさんがいましたけど、短期スポンサーがほとんどで、こんなに長く継続的に応援してもらっているところは「ゆの里」さんだけです。

●「ゆの里」のお水について

 最初「月のしずく」には、どういう力があるのかよく知らずに飲んでいたんです。それが「このの」で働き出してから、徐々に色んな所で話を聞くようになって、お客さんからもこのお水について教えてもらったりしたので、「このの」で働いた1年間でお水の知識を得ることができたのがすごく良かったと思います。
 僕は今まで「月のしずく」ではなく市販の水を飲んでいて、トレーニング中、特にランニングをする時によく左の脇腹が痛くなっていたんですけど、「月のしずく」を飲み始めた時期から、ピッタリと痛みがなくなって、もうこのお水が欠かせなくなりました。その後、1回敢えて違う水も飲んでみたんです。するとやっぱり痛くなってしまったので、これはやっぱりお水だなと思いました。
 レースやトレーニング中は「月のしずく」にサプリ、プロテインを混ぜたスペシャルドリンクを飲んでいますが、吸収率が違うような気がします。サプリが身体に入っていき、胃の中で溶けて色んなところに運ばれていくのに、それを一緒に飲むお水というのはすごく大事だと思います。レース中は心拍数が平均180くらいに上がって2時間近く続きますし、Gフォース(遠心力)という、ものすごい力に振り回されながら運転しているので、それに耐えられるよう、日頃の生活リズムとか飲み物、口にするものは、すごく気を使っています。

●今後の活動予定について教えてください

 今年は、「スーパー耐久」という市販車を改造したツーリングカーレースにエントリーすることが決まりました。数年ぶりに国内でレースができる事も楽しみですし、自分が体験した事のない耐久レースから、できるだけ多くのことを吸収したいと思っています。
 もうひとつは、今日本は特にエコの時代で、ハイブリットカーとか電気自動車の時代がやって来ている中、今年から始まるフォーミュラーEというクラスがあるんですけど、これは化石燃料を一切使わずCO2ゼロのエネルギー〝電気〟で走るレーシングカーのクラスなんです。僕は今、そこに日本人初として出場することを目指していて、現在トミーカイラZZという、日本初のEV(電気自動車)スポーツカーの開発ドライバーとして、日々テストを重ねているところです。そしてバッテリー会社、モーター会社と提携して、オールジャパンでこのフォーミュラーEに参戦予定です。そこでまず結果を出すということが当面の目標ですが、これも最終目標のF1に到達する為の通過点の一つと考えています。
 これからも「ゆの里」のお水のパワーでがんばりますので、皆さん応援よろしくお願いします。

白石 勇樹選手 プロフィール

1989年 7月15日大阪府で生まれる。幼少の頃に和歌山県橋本市に移り住む。
1997年 7歳からモトクロスを開始。
2004年 モトクロスを引退し、4輪への転向を決意。
2008年 鈴鹿サーキットレーシングスクール入校
2009年 スーパーFJ鈴鹿シリーズで念願の4輪デビュー。年間ポイントランキング2位を獲得。
2010年 FCJフォーミュラチャレンジ・ジャパンに参戦。
2011年 アジアン・フォーミュラ・ルノー(AFR)シリーズに第3戦から参戦し、デビューレースで、日本人初優勝という快挙を打ち立てる。年間5勝を飾りアジアチャンピオンを獲得。同年9月日本人としては小林可夢偉選手以来3年ぶりにGP2をドライブ。スペイン・ヘレスサーキットの低速コーナーが続く第1セクターではトップタイムを記録するなど、現F1ドライバーも参加している中、光るところを見せた。その後、イギリスF3テストやGP3ポルトガルテストにも参加し好成績を残す。ヨーロッパから多数のオファーがあったものの、シート獲得に必要な資金を集めることができず2012年のレースを断念する。
2012年 スポンサー獲得に奔走する傍ら、本格的に肉体改造にも取り組む。
2013年 再度アジアン・フォーミュラ・ルノー(AFR)シリーズに参戦。開幕戦(珠海国際サーキット)、大差をつけてのポールポジション獲得するも、車両規定違反により最後尾スタートとなる。最後尾からスタートし3位表彰台を獲得した。第2戦(珠海国際サーキット)は他を寄せつけない圧倒的な速さで、優勝。4月以降はGreen Lord Motorsに実力が認められ、日本初のEVスポーツカー【トミーカイラZZ (Tommy kaira ZZ) - EV】開発ドライバーを任される。 その他、自動車メーカーの開発ドライバーも任されるなど、フリーのレーシングドライバーとして、車体のパフォーマンスを高めるべくテストを重ねている。